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2010年3月

桃の花

富山県の富山城址公園 佐藤記念美術館前に、万葉歌碑があります。

春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ(巻17-4139大伴家持


春のそのに紅が照り映える 桃の花の輝く下の道に  たたずむ乙女よ。

この間の冬の歌首からになりました~♪

春の陽射しに、桃の花の道に紅く色づいた、明るく優しく沿うように春を待ち侘びていた少女が思い浮かぶ歌ですね。

もう、巷では、桜が咲いてお花見にいい時期ですよね。ちょっと時期はずれかな・・・

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富山湾~神通川

富山湾に繋がる川が神通川です。神通川は岐阜県および富山県を流れる一級河川で岐阜県高山市の川上岳(かおれだけ)に源を発して富山湾に注ぐ川です。岐阜県では「宮川」と称されています。(富山市婦中町鵜坂を流れる神通川、この辺りを「婦負川」あるいは「鵜坂川」と云ったと思われる。)

この神通川で詠まれてる歌首があります。

売比(めひ)の野のすすきおしなべ降る雪に宿借る今日し悲しく思ほゆ

婦負(めひ)の野の すすきを押し倒すばかりに 降る雪の中で 宿を借りる 今日は悲しく思われる

雪の北陸らしい歌ですね。雪に押されるすすきを思うと、すすきが可哀想で悲しく思えるって感じでしょうか。。。

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ホタルイカ

食べたことありますか?私は先日、実家に帰省した時に食べました。お酒のあてにも合うし美味しいです。

波によって浜に打ち寄せられることがあり、『ホタルイカの身投げ』とも言われて、昭和41年(1966年)に発行された35円普通切手の図案に採用されたそうです。

ホタルイカは全身が青白く光る、多くの謎につつまれた神秘的な生き物です。その昔、ホタルイカは地元で「まついか」と呼ばれていました。

その名が「ホタルイカ」になったのは、明治38年、東京大学教授の渡瀬庄三郎博士の命名によるものでした。春に生まれて1年でその一生を終えます。日本海を中心にわが国周辺の海に分布しており、ふだんは水深200~600mもの深いところに棲んでいます。

春になると産卵のため富山湾の岸近くまで集まってきますが、漁で見られる群れをなしたホタルイカが海面に放つ光は、宝石のように美しいものです。

■熱くない冷光 ホタルイカの発光は、発光物質(ルシフェリン)に発光酵素(ルシフェラーゼ)が作用することによって起こります。この光は熱をもたないため「冷光」と呼ばれています。これは昆虫のホタルの発光と同じしくみですが、発光物質や発光酵素の構造はいくぶん異なっています

≪光で会話する≫ 同じ発光器をもつイカの仲間でも、それぞれの発光器の数や配列、種類の組み合わせなどは微妙に違います。 ほたるいかの眼は青、水色、緑の3種の色を識別でき、同じ仲間同士やオスとメスとの間で合図を送ったり、集団で行動したりすることができると考えられています。

5月16日に富山で大会があるので、その時にお土産で買ってこようと思っています。締切が今日までだったので、焦って申しこんでいまいました。

また、フルです。がんばろっと。

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アカシアの雨がやむとき

NOKKOの人魚を聞いていたら「アカシアの雨ってなに?」って思ってたら、こんなん出ましたけどー。 昭和35年(1960年)4月に発売された、西田佐知子のヒット曲で原田信夫が歌う「夜霧のテレビ塔」の片面としてリリースされたんだそうです。(レコードのA面とB面に異なる歌手の歌唱楽曲が収録されたレコード盤)。

ちあきなおみさんの方がいいかも。。。西田佐知子さんのは途中にペンダントって言ってるのですが、私には「天丼」って聞こえてしまって(^^;)

Wikipediaより「アカシアの雨がやむとき」がヒットした背景として、「日米安保闘争」と関連して語られることが多く、その中身とは、1960年1月の「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」調印を発端とした安保闘争後、反対運動の成果ゼロという結果に疲れた若者たちが、その乾いたヴォーカルと廃頽的な詞に共鳴して歌われたことで広まっていった、というものである[4]。そのため、テレビ番組では当時の世相を反映する楽曲として、安保闘争(とりわけ、樺美智子死亡による抗議デモ)の映像のバックで流れることが多々ある。

ちょっと暗い歌ですけど、死んだ人のことでは無いように感じます。それまでの私。昨日までの自分のことなのではないでしょうかね。「私を見つけて涙を流してくれるでしょうか」せつないですねー。見つけてくれるなら、再生した「私」がいいですね。「冷たい眼をして何処かに消えた」きっと何処にも消えてないけど、そんな風に受け止めてるだけです。次は、飛ばなくっちゃって思うから。。。最後の歌詞にあるように、次は自分から飛び立つのですね。

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人魚

また、懐かしいのを見つけました。

NOKKOの声が好きです。映像があまりなくて、これはドラマ「時をかける少女」のエンディングで流れていました。揺れる女の子の心を歌ってはるわ~。

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Trust You 伊藤由奈

偶然、みつけていい歌だな~と思って載っけてみました。

歌詞がついているので、よく読んでみると、もっといいです。

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能登和倉万葉の里マラソン 2

能登万葉の里マラソン 2
走っていて皆、100均のレインコートを着て走ってるのが、何ともニンマリしてしまう。ウナジのところに黄色タグが透明なレインコートから出てるからわかりやすい。何と、金沢のとある100均屋ではこのレインコートが完売になったらしい!100均は便利である。走っていて熱くなれば、レインコートを捨てて走る予定だったけど、捨てる必要はなかった。
途中、「私、リタイアする わ〜。もう寒くて走る気がしない」という女性もいた。「確かに、寒いですよね…」女性はレインコートも着てなかったから、余計に寒さが堪えたのかも。
25kmからが自分と話す時間が多かったように思う。周りに人気が少なくて、考えごとをしてしまってた。
「こんなことをして何なるのか」「やっぱり10kmにしたらよかったな」とか…。正直、時間制限が気になって来た。頭に時間のことがあると、やる気が半減して行く感じになり、しかも、寒くてトイレの回数も多くなりその度にタイムが遅くなるし…。サポート力が強いCW-Xは走るに調子はいいけど、脱ぎ着がしにくくてトイレに時間がかかる(笑)31km地点に来て、脚が急に重たくなった。前に出ない膝も痛い。膝の裏側が足を上げるとひきつる。寒いわ、痛いはもうやめたくもなったけど、途中、膝を痛そうにしながらも走っているお兄さんを見ると「私だけじゃないな…」と思って、また足を前に出す。
35kmに来てやっとふっきれて来た。よくわかんないが、気持ちだけ元気になって来て残りを明るく走ろうと思った。目の前にゴールがあるから、元気になったというよりも、こうして前に進める自分が嬉しくなった感じだった。前に足さえ出していたらゴールは必ず来るから…「明けない朝はないように、ゴールのないレースはないもんね〜」と思って足を出して後、1km沿道で寒い中、応援してくれてる人がいて待っててくれる。しかし、応援の人が言う[あと少し]は以外に長い。でも「がんばれ」と言われるとだらっとはしてられず、足がつりそうだったけど走って走って走った。何とか…やっとの思いで辿り着いた42・195kmだった。
タイムは目も当てられない感じだが、自分としては関門も通過できたことと、完走出来たことに満足している。やれば出来るじゃ〜ん。やらなかったら、10kmで満足していただろうけど。これも、大会を支えてくれたボランティアさん達や沿道の応援してくれた能登の皆さんが居てくれたからだと思うと、凄く有難い。この完走できた嬉しい気持ちと、人情を感じることができるのは、お金には代えられないプレゼントかもしれない。

しかし、ゴールしてから極度の寒さに上からダウンコートを着ても震えが止まらなかった。もらった缶コーヒーを手にしてもガタガタと震えて止まらない。今日は寒かった。。。

今朝、この日の為に新品を下した、5本指靴下の両親指に穴が空いてしまった。

あ~名誉の勲章か?(笑)友達と笑って帰りに温泉に2時間浸かって、やっと寒さから解放された感じがした。

私達が帰ろうとしていた時も、後片付けに追われてたボランティアさん、雨の中、お疲れ様でした。この日、このマラソンに関わった方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

生かして頂いてありがとう御座位ます

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能登万葉の里マラソン

能登万葉の里マラソン
能登万葉の里マラソン
7日に終わったのだけど…つい昨日のことのよう。フルは2回目で申し込みの際は、実は10kmにしておこうか迷った。そんなに速くもないし、フルに挑戦するにはもう一年くらいしてからにしよ〜うと思っていたのだけど…。
当日の朝は、雨が降り気温も先週とは違って、めちゃめちゃ下がって寒かった。ゲストの瀬古さんが「午後から晴れますよ」と元気づけにそう言ってくれて、ちょっと希望を持った。
コースは能登島大橋を渡って七尾西湾をぐるっとまわる。折り返しコースが一回しかないので、走り甲斐はある。
20kmまでは凄く楽しめた。海沿いの景色をみながら折り返して来るランナ−からも元気をもらえて、応援してくれる沿道の地元の方もたくさんいたからかな〜。その後から細かな雪が降って来て気温がまた下がった感じがして、手は冷たくて脚は固まって来る感じで動かなくなりそうだった。途中「私、なんでこんなことしてるんだろ?」って自問自答が始まった。「お金払って、こんな辛いことしてるのはな〜ぜ?」と考えてると脚はどんどん重たくなって歩き出す「私ってMだったけ?いやいやちが〜う」とかわけのわからないことを頭の中で呟いて、また走る。今回は、苦手な寒さの中で感謝想起がどの程度、出来たのかわからない。もっと、してたら脚も前に出たのかな〜。目の前の景色に流されてはいたけど、人の有り難みは痛いほど感じた。能登の人は優しい。おじいちゃんもおばちゃんも寒くても外に居て応援してくれた。

空を見たらカモメが大勢で鳴いてた。
カモメも応援してくれてるのか…と解釈してまた走る。
が25〜35kmはもっと大変だった。

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白山ひめ神社

白山ひめ神社
白山ひめ神社
本家記事にリーマンさんが、白山さんにお参りされたと書いてありましたが、何とタイムリーなのか!?
今日、私もお参りに行って参りました。

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ほうれんそう

日曜に能登和倉万葉の里マラソンがあるのでこれから、友達と車で向います。

土曜はのんびりして、レースに備える予定です。

今回は制限時間があるので、どうなるかわかりませんが、できるかぎり走るぞ~

では、この辺で・・・

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